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東京地方裁判所 平成3年(ワ)2867号 判決

主文

一  被告は、原告東坊城博子、同ベインス・ジャイ・コール及び同細川力雄各自に対し、それぞれ一億七七七八万一八二一円及びこれに対する平成三年二月二三日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告東坊城元長に対し、八八八九万〇九一〇円及びこれに対する平成三年二月二三日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告らに生じた費用の各一〇分の二を、原告東坊城博子、同ベインス・ジャイ・コール及び同細川力雄の、一〇分の一を原告東坊城元長の、一〇分の三を被告のそれぞれ負担とし、被告に生じた費用は被告の負担とする。

五  この判決は、第一及び第二項に限り仮に執行することができる。

理由

第一  請求

一  被告は、原告東坊城博子、同ベインス・ジャイ・コール及び同細川力雄各自に対し、それぞれ二二億四四七六万九六八五円及びこれに対する平成三年二月二三日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告東坊城元長に対し、一一億二二三八万四八四二円及びこれに対する平成三年二月二三日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告の有限責任社員であつた原告らが平成二年九月三〇日に退社し、持分の払戻を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、料理飲食業、結婚式場の経営等を目的とする合資会社であり、原告らはその有限責任社員であつた(原告東坊城元長の持分は同四九〇〇分の二五、その余の原告ら三名の持分はいずれも四九〇〇分の五〇)。

2  被告は定款上その存立期間を定めていないところ、原告らは、被告に対し、平成二年三月一六日到達の内容証明郵便により、同年九月三〇日(営業年度の終わり)をもつて退社する旨の意思表示をした。

3  原告らの退社時における被告の貸借対照表上の資産、負債の状況は別紙一のとおりであり、被告の所有土地及び借地権(本件土地)は別紙土地目録のとおりである。

二  当事者の主張の概要

(原告ら)

合資会社の持分の評価は、再調達時価(会社の事業の継続を前提とし、現状の姿で資産を再調達すると仮定した場合の時価)に基づく純資産方式によるべきである。別紙一の貸借対照表のうち、本件土地の時価は、不動産鑑定士奥津敏夫作成の鑑定書(甲四--奥津鑑定)によれば、二一九七億八六五五万円となる。さらに、投資有価証券を平成二年九月二八日の終値をもつて時価評価し、資産性の認められない前払費用、長期前払費用及び開発費を資産から、負債性の認められない貸倒引当金、賞与引当金及び収用保証特別勘定を負債からそれぞれ除外する等して、会社の純資産額を算出すれば二一九九億八七四二万九一七七円となり、持分四九〇〇分の一あたりの純資産額は四四八九万五三九三円七一銭となる。したがつて、原告東坊城元長を除く原告ら三名は二二億四四七六万九六八五円の、原告東坊城元長は一一億二二三八万四八四二円のそれぞれ払戻持分を有することとなる。

(被告)

原告らの持分の評価の方式については、資本還元方式、その中でもディスカウント・キャッシュ・フロー方式(DCF法・企業が生み出す将来の利益〔キャッシュフロー〕を一定の資本還元率〔ディスカウント率〕で資本還元して、企業の現在価値を算出する手法)を採用すべきである。この方式を用いる公認会計士川口勉ら作成の平成六年一月一七日付け鑑定評価書(乙六八・川口鑑定)によれば、被告のキャッシュフローの現在価値は四八〇億七八〇〇万円であり、これに再投資資本化額、繰越欠損金税効果、現金預金等の要素を加算ないし減算して、自己資本評価額は一一九億四二〇〇万円となるから、持分四九〇〇分の一の評価額は二四三万七一四二円八六銭である。したがつて、原告東坊城元長を除く原告ら三名は各一億二一八五万七一四三円の、原告東坊城元長は六〇九二万八五七一円の各払戻持分を有することとなる。

もつとも、解散を前提とした解散価値が、資本還元価値に比べて明らかに高いと認められる場合に限つては、時価純資産方式を採用する必要があるが、この方式に従う場合も、原告らの退社時の本件土地の時価から、いわゆるバブル部分を排除すべきであり、また、土地の評価の手法も、バブルの影響を受けやすい取引事例比較法を重視することは妥当ではなく、収益還元法及び開発法を併用すべきである。原告らの退社時から平成六年一月一日までに下落した部分は明らかにバブル部分であるから、これを排除するために、同日における時価を基準とすることが相当であるが、乙七一の鑑定書によれば、右基準時における本件土地の時価は三九八億八二八〇万円である。これを前提に、清算所得に対する法人税等を控除し、本件土地の最有効使用が可能な更地として評価するために、バンケット(結婚披露宴等の宴会)棟の建設仮勘定の除却、バンケット棟の取り壊し費用の計上等の調整を行つて、会社の純資産額を算出すれば七四億七六四六万九九八七円(持分四九〇〇分の一あたりの評価額は一五二万五八一〇円二〇銭で、原告東坊城元長の払戻持分は三八一四万五二五五円、その余の原告らの払戻持分は七六二九万〇五一〇円)となり、解散価値は資本還元価値を下回る。

三  主要な争点

1  持分評価の方式

(原告らの主張)

合資会社の退社社員の持分払戻については、定款に別段の定めのない限り、組合に関する民法の規定が適用され(商法一四七条、六八条、民法六八一条一項)、その評価は「脱退ノ当時ニ於ケル組合財産ノ状況」に従つて行われる。民法六八一条一項は、株式会社における株式価格の決定に関する商法の規定(二〇四条ノ四、二四五条ノ二、三四九条等)と文言が明らかに異なつており、純資産方式の採用が想定されている。人的会社と物的会社は、同じ営利社団法人であるとはいえ、商法は、両者の法的構造の根本的相違に基づいて、社員の責任の態様、社員の地位の譲渡性等を明確に区別しており、人的会社においては、社員の個性が重視され持分譲渡が原則として認められない反面、投下資本の回収のために不可欠な手段として退社制度が定められ、社員各自が債権者に対して直接責任を負う反面、会社財産に対しては、民法上の組合的な結合関係があるものと見て、組合員と同等の権利を有するものとしている。それ故、人的会社の退社社員の持分の価格は、会社財産の状況に従い算定されると規定されているのである。中小企業等協同組合法に基づく事業協同組合の脱退組合員の払戻持分計算の基礎となる組合財産の評価につき、時価純資産方式を採用した最判昭和四四年一二月一一日民集二三巻一二号二四四七頁は、人的会社を含む組合一般の財産評価に妥当する。会社の規模の大小は、人的会社の法的構造に変更を加えるものではないから、社員の持分の評価方法にも影響しない。

純資産方式には、有機的組織体たる会社財産を一体としてなるべく有利に売却する方法(結果として、再調達価値となる)と会社の解散を前提とする清算価値による方法とがあるが、被告の解散は予定されていないから、再調達価格により算出すべきである。

DCF法は、主として投資判断をする際に用いられる手法であつて、本件には妥当しない。また、将来のキャッシュフローの予測は困難であり、割引率や期間等の要素の決定にも明確な基準がない。原告らの持分の評価は、退社当時における資料に基づいて行うべきであり、その後の、しかもわずか二会計期間の経営実績に基づいて資本還元方式による評価を行うことは不当である。また、被告は、細川一族の繁栄と相互扶助を目的とする同族企業で、その経営実態は閉鎖的、前近代的であり、上場企業に匹敵するような会社ではない。

(被告の主張)

組合財産を組合員の合有(共有)とする民法上の組合と異なり、人的会社の持分権者及び株式会社の株主は、ともに個々の会社財産に対して直接権利を有するものではなく、会社財産に対する抽象的な割合的権利を有しているに過ぎないから、払戻が認められているか否かにかかわりなく、持分と株式は本質的に同じ法的性質を有する。合資会社の退社社員の持分払戻について、組合の規定に関する民法の規定(六八一条一項)が準用されるからといつて、合資会社の持分の評価を民法上の組合員のそれと同様に考えるべきではない。被告の場合、原告らの退社によつても会社は解散せずに存続し続けるのであるから、持分評価の基礎となる企業評価は、ゴーイングコンサーンヴァリューによるべきであるところ、ゴーイングコンサーンを前提とした動的な企業評価としては資本還元方式が最も一般的かつ妥当であり、その中でもDCF法が最も優れている。一時点における企業の個々の資産の価値に基礎を置く静的な評価方法である純資産方式は、この場合、原則として理論的に妥当しない。

被告が上場企業に匹敵する規模と会計管理制度等の企業実態を有することや、原告らの退社時点において新しい建物・設備による営業の開業準備中であつたことからも、また、被告の主要な資産である本件土地に含まれたバブルを排除するうえからも、DCF法が妥当である。

2  清算所得に対する法人税等の控除の可否

(原告らの主張)

原告らの持分の評価にあたつて採用すべき再調達時価による純資産方式は、継続企業価値を算定するものであり、清算を前提とするものではないから、清算所得に対する法人税等を負債に計上することはできない。被告が近い将来解散する予定はなく、清算所得に対する法人税等が現実に課税される見込みは全くないのであつて、右課税相当額を控除する根拠はない。最判昭和五四年二月二三日民集三三巻一号一二五頁も、中小企業等協同組合法に基づく事業協同組合の脱退組合員に対する払戻持分の計算のための組合財産の評価について、同様の解釈を示している。生じる見込みのない課税相当額を控除すれば、退社社員に帰属すべき部分が、正当な理由なく会社に留保され、残留社員の不当な利得となる。

(被告の主張)

純資産方式は、観念的に企業を解散し、その資産を個々に売却した場合に社員にいくら分配できるかという観点から企業を評価するものであり、解散を前提として企業評価をする場合は、売却価格相当額から売却に要する費用及び清算所得に対する法人税相当額を控除するのが当然である。資本還元方式が税引き後の利益を還元するものであることとの均衡上からも、租税の控除は不可欠である。

退社制度は、そもそも解散を回避するための制度であるから、解散した場合に得られる額以上の利益を分配する理由がない。逆に含み益に対する租税相当額を控除しないと、将来の会社の解散時において、残留社員が退社社員の負担すべき租税を負担することとなり、不公平である。

3  本件土地の評価

(被告の主張)

原告らの退社時における不動産価格は、バブルにより異常に高騰し、不合理・不当なものとなつていたから、本件土地の価格の評価に際しては、退社社員と残留社員との公平の見地からも、長期的地価推移の水準から逸脱しているバブル部分は排除されるべきである。バブル部分がどの程度あつたかは、退社の前後の土地価格の推移を検討して総合的に判断しなければならないから、退社前後の不動産価格の変動を考慮するのは当然である。バブル崩壊後の平成六年一月一日の地価は、平成二年のピーク時から短期間で約四四パーセント下落し、以後も下落傾向が続いているが、右下落部分は東京都商業地価全般の長期的推移の水準から逸脱しているので、バブル部分であつたことが明白に実証されている。バブルにより一時的・投機的に高騰した価格を、司法が追認すべきではない。

また、本件土地の価格の評価にあたつては、取引事例比較法を偏重することなく、収益還元法(土地残余法)及び開発法をも重視すべきである。本件土地の地積は三万平方メートル以上に及び、東京二三区内では極めて稀な超大規模画地であつて、これと比較できる取引事例はないし、中小規模の画地に関する取引事例を採用するにも限界がある。のみならず、原告らの退社当時は、土地の価格は投機により異常に高騰していたから、取引事例比較法による比準価格は適正価格として妥当性が低い。他方、超大規模画地の場合は、転売が容易でないため、投機目的による購入は少なく、実需に基づく売買となる。超大規模画地の場合、賃貸ビルの敷地として利用することが、その最も一般的利用方法の一つであるから、賃貸収入という収益性に特に着目した収益還元法によつて評価することが現実的であり適切である。同様に、開発計画によつて適正利潤が見込まれる合理的な範囲内の価格で売買されることとなるから、開発業者の投資採算性に特に着目した手法である開発法によつて評価することも有用である。奥津鑑定は、取引事例の選択等多くの点において重大な問題点が存在し、その信用性は極めて低い。

さらに、本件土地を更地として評価する以上、最有効使用でない建築途上の建物は取り壊すものとして算定すべきであるところ、バンケット棟は被告固有の事業の歴史と伝統を承継・具現するためのもので、オフィス棟に比べ収益性が著しく低く、最有効使用を具現するものではないから、バンケット棟については、建設仮勘定を除却するとともに、その取壊し費用を計上すべきである。

(原告らの主張)

本件土地の価格がバブル崩壊により下落傾向にあるとしても、それは原告らの退社後の事情にすぎないから考慮すべきではなく、あくまでも原告らの退社時における価格を基準とすべきである。どこまでがバブルによる異常な価格の高騰であるのかを、客観的に判定できる物差しはない。

不動産鑑定士大河内一雄ら作成の平成三年一二月二七日付け不動産鑑定評価書の採用する収益還元法(土地残余法)及び開発法は、想定要素が多く、全面的に信頼することはできず、取引事例比較法から算出された価格のチェックに用いるに止めるべきである。また、右鑑定評価書は、増価要因・減価要因の評価、取引事例の選択等においても問題がある。

さらに、バンケット棟は、現代のシティホテルの業態そのものであるから、本件土地の最有効使用のひとつである中高層のホテルに該当する。

第三  当裁判所の判断

一  持分評価の方式について

1  非公開会社の株式や出資持分の評価については、大別して、企業のストックとしての純資産に着目する純資産方式、フローとしての収益(あるいは配当)を資本還元する収益(配当)方式(資本還元方式ともいう)、業種、規模等が類似する公開会社または同じ業種の公開会社との比較を行う比準方式、及びこれらの併用方式が知られ、広く用いられているが、具体的な場合において、どの方式を用いるのが相当であるかは、評価の目的、会社の種類・規模・業種・配当性向、評価の対象となる株式が発行済株式総数に占める割合等により異なり得ると考えられるほか、各方式を適用するのに必要にして十分な資料が存在するかどうかという実際的な問題にも掛かり、また、訴訟手続内で評価を行う場合には当事者の主張・立証の内容にも制約を受ける面がある。本件の場合、評価の対象が合資会社の持分という市場性のないものであることから、比準方式は採用の余地がないと思われ、当事者も右方式の適用に必要な事実の主張・立証をしない。配当方式についても、同様に主張・立証がない。したがつて、純資産方式、収益方式または両者の併用方式のいずれが妥当かということになる。

ところで、合資会社の社員が退社する場合、会社自体は継続するから、その払戻持分の評価は、原則として継続企業価値によるべきである。そして、継続企業価値は、収益を生み出す源泉としての企業の価値を評価しようとするものであるから、将来の収益を、直接、評価の基礎に据える収益方式は、収益にとつては間接的な指標にすぎない純資産の額によつて企業価値を評価する純資産方式よりも、継続企業の持分を評価する方法として、理論的には優れているといい得る。そして、川口鑑定が採用したDCF法は、収益方式の中でも最も精緻なものであり、暖簾や知名度、経営上のノウハウ、人的資産等の金銭的に評価し難い要素も評価額に反映できる点等において、優れた手法であるといえる。

もつとも、会社が近い将来解散する可能性のある場合や、そうでなくとも比較的小規模で清算が容易である場合、収益が著しく少ないか赤字体質である場合、あるいは処分可能な遊休不動産が資産の相当部分を占めるような場合などは、収益方式を用いることは適当でなく、純資産方式あるいは純資産方式に高い比重を置いた併用方式によることが適当であろう。しかし、被告の場合、近い将来に解散する可能性はないし(争いがない)、その経営の実態はどうであれ、企業規模としては上場企業に匹敵するものがあり、清算が容易であると認めるべき事情もない。本件の場合、DCF法の採用は妥当であつて、収益面で収益方式を不適当とする事情があるとも認められない(乙六八)。また、被告の最も主要な資産は本件土地とその上に存する営業用の建物であつて、しかも、原告らの退社当時、右建物は建設途中であつた。さらに、後述のように、純資産方式において不動産価格からいわゆるバブル部分を直接控除することは適当でないにしても、資産のバブル部分により継続企業価値が収益力を超えて過大評価されるのをできるだけ避ける必要があることは確かであつて、本件のように資産中にバブル部分を多く含んでいる場合には、収益方式をより妥当とすべき事情があるといえよう。

そうしてみると、本件において、収益方法を不適当とする理由はなく、基本的に右方式を採用するのが妥当な場合にあたると考えられる。ただ、この方式は将来収益の予測という不確定的な要素に依存し、採用された資本還元率の僅かな差で評価額に大きな違いが出てしまうといつた欠点があることも否定できないから、その点を念頭に置き、一面的な評価に陥る危険を避ける意味で、純資産方式の併用が相当かどうかを検討する必要があるものと思われる。乙七九も、実務上DCF法のみが採用されているケースはむしろ稀であつて、一般には他の評価方法も補助的に援用され、相互チェックに用いられており、調整済純簿価との併用も行われているとしている。

2  原告らは、合資会社の退社社員の持分払戻については、民法六八一条一項が準用され、「脱退ノ当時ニ於ケル組合財産ノ状況」に従つて算定する旨規定されているから、純資産方式の採用が想定されており、社員が民法上の組合員と同様の地位をもつ人的会社の法的構造からしても、純資産方式によつて持分の評価を行うべきであると主張する。

しかし、民法上の組合の財産が組合員の合有(共有)であるのに対し、合資会社の財産は会社の所有であつて、社員が会社財産の上に直接具体的な権利を持つものではなく、会社財産全体に対する観念的な割合的権利を持つにすぎない点においては、物的会社と異なるものではないから、合資会社の法的構造から、直ちに純資産方式のみにより持分評価を行うべきであるとの結論を引き出すことはできない(ただし、合資会社の社員の地位は、物的会社のそれと法的に全く同性質であるというわけではなく、その差異を持分の評価の上で考慮する余地があることは、後述のとおり)。「組合財産ノ状況」に従うとの文言は、どちらかといえば純資産方式に馴染みやすい点はあるとしても、例えば株式の売買価格の決定に関する商法二〇四条の四も「会社ノ資産状態」を斟酌すべきものとしているのであり、収益方式も継続企業価値としての会社の財産的価値を評価しようとするものであるから、右規定の文言から純資産方式のみが法の予定する評価方法であるとまでいうことはできない。

次に、原告らの援用する昭和四四年一二月一一日の最高裁判決は、確かに当該事件については純資産方式を適用しているが、直接には簿価純資産方式を斥け時価純資産方式を是認したものにすぎず、純資産方式以外の持分評価方法を一切否定したものとまではみられないばかりでなく、中小企業等協同組合法に基づく事業協同組合の脱退組合員の払戻持分の評価についての判断であつて、合資会社に関する本件とは事案を異にする。右判決は、「事業の継続を前提とし、なるべく有利にこれ(組合財産)を一括譲渡する場合の価額を評価すべきもの」と判示しているところ、DCF法は企業買収の場合等に広く用いられる手法であるから、むしろ右判示に副う面もある。

3  右のように、本件について純資産方式のみにより持分評価を行うべきであるとする根拠はないが、合資会社においては、存立時期の定めの有無等により、退社の時期や事由につき一定の制約はあるものの、広範囲に退社の自由が認められ(商法八四条)、退社員は持分の払戻を受けることができるのであつて、この点においては、資本充実の原則が重んじられ退社による出資持分の払戻の認められていない物的会社の社員の地位と、大きな差異がある。右合資会社社員の退社による持分払戻には、組合的な色彩を残すものとして、会社資産の一部清算という側面があるとみることも可能であると思われる。これに加え、前述のような収益方式につきまとう不確実性等も考慮し、本件においては、収益方式(DCF法)と純資産方式(清算処分時価純資産方式)とを併用し、前者による評価額と後者による評価額を六対四の比で加重平均した金額をもつて払戻持分額とするのが相当と認められる。

二  清算所得に対する法人税等の控除の可否について

本件の場合、退社による持分払戻に会社資産の一部清算という側面があるとみられることなどを考慮し、清算処分時価純資産方式による評価をも算定の基礎とするのを相当と認めるものであるところ、右方式は、会社を解散して清算した場合に社員にいくら分配できるかという観点から企業を評価するものであるから、社員に対する分配可能額を算出するに際し、資産の処分価格相当額から処分に要する費用及び清算所得に対する法人税等相当額を控除するのは当然である。あくまで観念的に解散を仮定した上での企業価値の評価を行うものにすぎないから、会社が現実に解散する可能性があるか否かは、右結論に影響しない。最判昭和五四年二月二三日は、協同組合の事業の継続を前提として、なるべく有利に組合財産を一括譲渡する場合の価額を算定するに際し、清算所得に対する公租公課相当額を負債として計上すべきでないとするものであつて、事案を異にする。

三  本件土地の評価について

1  原告らが退社した平成二年九月三〇日ころは、バブル経済の状況下にあり、不動産価格が異常に高騰していた時期にあたることは、《証拠略》等によつて明らかである。経済のファンダメンタルズとかけ離れたバブル地価が社会的、経済的に好ましくないものとして国家的な抑制政策の対象とされてきたことも、《証拠略》等の証拠によるまでもない公知の事実であり、当裁判所としても、バブル地価を積極的に是認するつもりはない。しかし、バブル経済下の土地騰貴が、特定の限局された取引場面における現象ではなく、わが国の不動産取引市場を広く覆い尽くした傾向であつたことも、紛れもない事実である。その意味において、バブル地価といえども、当時の市場の実勢を反映した、一般的な通有性をもつものであつたというべきである。仮に、本件土地を、当時、売却したり担保に供したりしたとすれば、当時の市場の趨勢に従つた価格が基準になつたであろうことは、見やすい道理である。当時の不動産価格を算定しようとするときに、バブル崩壊後の今日からみて価格の一定部分がバブル部分であつたとして、一律に減価を行うことは、かえつて取引社会における公正さを害するおそれがある。株価の算定において、特定の株式についての一時的、人為的な投機による価格高騰部分を排除するのとは、もつ意味が異なるのである。

もつとも、前述したように、退社員の持分評価の基礎となる会社の資産評価を行う場合に、不動産等の価格に含まれるバブル部分により、継続企業価値が収益力を超えて過失評価されることはできるだけ避けなければならないから、本件のように資産中にバブル部分を多く含んでいる場合には、収益方式を併用するとともに、純資産方式において不動産価格の鑑定評価を行う際にも、取引事例比較法に偏ることなく、収益還元法や開発法による評価額に適正な比重を置くことが相当である。

2  平成二年九月三〇日を基準日とする本件土地の鑑定として、奥津鑑定(甲四)と大河内鑑定(乙二)が提出されているが、大河内鑑定は、本件土地のうちで価格的に圧倒的比重を占める物件1について、取引事例比較法による比準価格に加え、収益還元法(土地残余法)による価格、大規模土地の評価に有効とされている開発法による価格を算定し、これらを相互に関連づけ、公示価格及び標準価格を基準とした価格との均衡にも留意して、想定更地価格を決定し、また、借地権価格を決定するにあたつても、収益価格を重視し、賃料差額還元法及び借地権割合法による価格を比較考量するなど、同年に改訂された新不動産鑑定評価基準の趣旨に則つて鑑定を行つており、基本的に妥当なものと考えられる。これに対し、奥津鑑定は、本件土地の属する目黒駅周辺地域ではなく、同地域よりも高度な商業・業務地域を形成している五反田駅を中心とする地域から取引事例を採取していること、開発法による価格を試算せず、収益還元法についても直接法ではなく間接法によつているうえ、収益価格を重視せず比準価格に過度に重点を置いているなど、新不動産鑑定評価基準の趣旨に副わない点があること、借地権価格を求めるにも、もつぱら借地権割合法によつていることなど、その鑑定手法等において、いささか簡略、不適切な点が目立ち、大河内鑑定に比較して信頼性が劣るものとされるのはやむを得ない。

原告らは、収益還元法(土地残余法)及び開発法は、想定要素を多く含み全面的に信頼はできないから、取引事例比較法の調整要素として機能させるべきであるとするほか、大河内鑑定について、(1)奥行逓減、奥行長大を理由として減価しているが、敷地内に道路の開設が自由にできるから減価するのは相当ではない。(2)地積広大を理由として減価しているが、地積が著しく広大であることは、都内では稀少性があり、加算要素とすべきである、(3)取引事例は、地域要因の比較が不可能ないし格差率の判定が適切でないものであるうえ、本件土地に比べ地積が極端に少なく、その選択に問題がある、(4)本件土地が目黒川に隣接していることを減価要因としているが、景観等の点からリバーサイドは人気が高く、むしろ増価要因であるなどと批判する。しかし、収益還元法及び開発法は、不確実な要素を含むなどの難点がないわけではないとしても、一般に承認された鑑定手法であり、とくに収益還元法は新不動産鑑定評価基準において重視すべきものとされているのであつて、バブルの影響をできるだけ排除するという観点からも、収益価格や開発法による価格を重視することは相当である。物権1は、奥行きが約三三〇メートルもありながら、間口は幅約八〇メートルに止まり、幅も最も狭いところでは約五五メートルしかない細長い土地で、しかも、北東部において幅二〇メートルないし三〇メートルに渡つて約八〇メートルもの突起部分を有し、間口から最奥部まで幅が広がつたり狭まつたりする、著しく不整形な画地である。そのうえ、目黒駅方面から目黒川方面に向かつて高低差約二六メートルもある傾斜地で、傾斜度が一五度以上の利用不能な崖地の面積が総面積の二六パーセントにも達し、崖地を除く有効利用部分だけに限れば、中央部及び東南部において幅が三〇ないし四〇メートルしかない。有効な接面道路も、間口に接した北側の幅約六メートルの道路にとどまるから、構内道路を設けることができるとしても、接道が良好の場合に比べその利用形態は限定的にならざるを得ず、分割して処分することも著しく制約される。したがつて、奥行逓減、奥行長大を理由とする減価は相当と考えられ、むしろ奥津鑑定がこれらの点を軽視していることは相当でない。地積広大による市場性の減退は一般に認められているところであり、目黒川の汚染状況や水害の可能性による減価要因が、リバーサイドとしての増価要因を上回ると評価したことも、不当とはいえない。本件土地のような著しい大規模画地について、適切な取引事例を見出すことは困難であつて、取引事例比較法の適用にはもともと難点がある。奥津鑑定のようにもつぱら取引事例比較法を重視することは、この点からも問題があるばかりでなく、目黒駅周辺地域に代えて、地域性の異なる五反田駅周辺地域に取引事例を求めることは、より妥当性がない。原告らが大河内鑑定の問題点として指摘するその他の点を含め、大河内鑑定を排斥し奥津鑑定を採用するのを相当とする理由があるとは認められない。

3  大河内鑑定は、本件土地の更地価格を評価するに際し、大型インテリジェントビルが最有効使用にあたると認めて収益還元法(土地残余法)を適用しているところ、《証拠略》によれば、原告らの退社当時建築中であつたバンケット棟は、オフィス棟に比較して収益性が著しく劣り、賃貸オフィルビルへの仕様変更も経済的合理性がないと認められるから、右評価方法により更地価格を算定する以上、建築途上のバンケット棟は取り壊すものとして、その建設仮勘定を除却するとともに、その取壊し費用を計上すべきである。

四  払戻持分の計算

以上を前提として、原告らの払戻持分を計算する。

1  DCF法による評価額については、川口鑑定を相当と認め、これに従う。被告の平成二年九月三〇日現在の自己資本評価額は一一九億四二〇〇万円となるから、原告らの持分割合に応じた金額は次のとおりである。

原告東坊城元長を除く原告ら三名

一億二一八五万七一四三円

原告東坊城元長 六〇九二万八五七一円

2  純試算方式については、本件土地の価格時点を平成二年九月三〇日現在とした大河内鑑定によるので、本件土地の時価は六七九億四六七〇万円、その含み益は六二〇億七四二一万五六二四円となる。これを前提に、資産及び負債の加減要素を考慮して、別紙一の賃借対照表上の資産負債を修正すれば、平成二年九月三〇日時点の会社の時価純資産は五〇三億〇一〇三万二九五五円となり、これから含み益に対する税額を控除した金額は二五六億四三五四万六四〇六円となるから、原告らの持分割合に応じた金額は次のとおりである(計算式は別紙二のとおり)。

原告東坊城元長を除く原告ら三名

二億六一六六万八八四〇円

原告東坊城元長

一億三〇八三万四四二〇円

3  原告らの払戻持分は、右1、2の金額を六対四の比で加重平均した次の金額である。

原告東坊城元長を除く原告ら三名

一億七七七八万一八二一円

原告東坊城元長

八八八九万〇九一〇円

(裁判長裁判官 金築誠志 裁判官 本間健裕 裁判官 棚橋哲夫)

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